「コミュニティバスの運行の充実を求めて」 3月議会一般質問

 

庁舎内「生活者ネットワーク控室」にお花が届きました。

コミュニティバスの運行は、H13年から3年間かけて検討を重ね、その後本格運行され10年が経ちました。現在の運行等について、市民の皆様から様々なご意見や要望をいただいています。

当初の基本目的にある、

「移動に制約を伴っている方々の社会活動機会の増大に寄与すること」や「府中市中心部の買い物施設、公共施設へのアクセス性を高め、まちづくりに寄与すること」の両者を併せ持った目的から、10年経った今、市民ニーズに合致したものから遠のいてきていることが伺えます。

具体的運行方針についても、「駅から1km圏外、バス停から300m圏外の交通不便地域を解消すること」としていることから、移動に制約を伴っている方々からすると、目的と方針内容に納得できない側面もあり、様々な要望が出されるのは当然なことだと思います。

利用者の実態調査やニーズ調査はこの10年間行なわれておらず、運行距離は延伸されバス停数も増やすなど運行時間も長くなっているのが状況です。

  • 北山町循環10.2km →約55

  • 多摩町ルート13.5km →約60

  • 南町・四谷循環22.8km →約95

  • 押立・朝日町循環31.1km →約80分 

27年度は1403万円の支出を見積もっており、多摩地域の実態調査では、距離が長いほど採算はとりにくいと結果報告も出されています。また、一般バス路線が廃止され、コミュニティバスの運行ルート変更を行なった場所も出てきています。

府中市中心部の買い物施設や公共施設へのアクセスだけではなく、生活圏内の最寄駅やその周辺の買い物施設や通院病院などへのアクセスがさらに求められています。10年先を見据えた大きな見直しが必要な時期に来ているのは確かです。

利用者の実態調査やニーズ調査については、行なうとのことでしたが、府中駅ではなく最寄の駅を発着とする考え方への見直しについては長期的な検討課題になるものとし、近隣市との共同運行による交通不便地域の解消については、現状では実施が難しいとの答弁でした。

府中市コミュニティバス運営協議会を傍聴して

 

日差しが春めいてきました。

218日の第4回運営協議会を傍聴したところ、会長から横浜市の「地域交通サポート事業」と相模原市の「みんなで育てるコミュニティバス」について紹介がありました。共に会長がかかわって来られた自治体とのことです。お話があった相模原市の例を取り上げここで紹介をさせていただこうと思います。

一定条件をクリアすることができれば、コミュニティバスを運行することができるとし、地区内で営業する企業・商店街の関係者がはいり、地域住民5人以上による地域組織を形成する。定時性の確保のために全長10KM1行程45分以内を目安にとし、1便当たり輸送人数が10人以上であること、運賃収入も経費の半分以上あることを運行継続条件としている。「みんなでバスを利用するのでバスを運行したい」と考える地域に対して、導入及び運行を行政が支援するためのしくみとのことです。

行政は、運行を継続するために、一定のルールを示し、その考え方を住民に理解してもらいます。そのルールに則り、住民自らがルートやバス停の位置を考えます。自主運営の根本的なしくみに、あらためて大きな気づきにつながったお話しでした。コミュニティバスのあり方については、住民がまちづくりに主体的にかかわり、自主運営を図っていくことが、本来のあり方ではないかと強く思いました。

戦後70年の年を迎えて

USSアリゾナ記念館の下に眠る戦艦「アリゾナ」
真珠湾攻撃で撃沈した「アリゾナ」の船頭が水面上に今なお見える

 

真珠湾・攻撃時資料博物館の入り口

今年2015年は、戦後70年目の年にあたり、府中市長を始め、関係者からの「新年のあいさつ」には、この節目に触れられる内容が様々な場面で述べられている。節目の年であることは捉えるが、だからそこで具体的に何が必要なのかについて、誰も大勢の場面で語ることはしない。安倍首相が進める武器や原子力発電の輸出、集団的自衛権行使容認について、国家権力の暴走を危惧する思いから触れているのか、いやいや平和の訴えを口ごもる姿勢を感じるのは私だけだろうか?

 昨年の1月には、核兵器のない法的禁止を求めている「長崎原爆資料館」に行き、アメリカからの原爆投下がされ第二次世界大戦終結に至るその悲惨さを身をもって学ぶ機会を得ることができた。

 そして、今年126日には、アメリカ合衆国の本土を守るために海軍や空軍が置かれているエリア、ハワイ州・オアフ島にある真珠湾に行く機会を持った。真珠湾は、1941127日に大日本帝国海軍による攻撃を行なった場所であり、第二次世界大戦の始まりの場所と言われている。停泊中の戦艦「アリゾナ」等を襲撃、沈没させ、多くの戦死者を出した。現在もなお海底に沈んだ「アリゾナ」が慰霊のためのメモリアルホール下に見える。船頭と船尾の形も水面下に見られ、海面では石油タンクから今なお微量に漏れている虹色の油の輪が見えた。世界各国から年間100万人は訪れる場所と聞く。

  両場所は、大勢の国民を巻き込み死傷者を出した場所であり、今なおその傷跡は癒えることはない。第二次世界大戦の始まりと終わりで関連のある場所であり、共に慰霊のためのメモリアルホールや当時の悲惨さを後世に残し、そこに身を置くことができる場所となっている。戦後70年経って、背景として日本とアメリカの憲法や法律には大きな違いがある。日本の平和憲法の精神を今にどう引き継ぎ、日本人として平和の価値観をどう高め合うのか、過去を直視し、これからの世界平和のためのけん引役として発信していく必要をあらためて感じた。

認知症になっても安心して暮らせる地域づくり、「認知症徘徊模擬訓練」の実施を求める

認知症は高齢期では誰にでも起こる可能性がある疾病であり、東京都は認知症出現率を平成25年度では、75才以上で10人に一人、80才以上では、4人に一人に近づいているデータを公表しています。

厚生労働省は、認知症のため徘徊し、行方不明となる高齢者が数多くいる問題を受け、調査したところ、今年9月に身元不明のまま福祉施設や病院などで保護されている人が全国に346人おり、そのうち35人が認知症であることがわかりました。しかし、保護されている方の情報は、個人情報保護を理由に明らかにされていないことが多いようです。

先の第2回定例議会で村崎議員、備議員からも認知症施策についての一般質問があり、H25年度では、府中市の介護保険制度を利用している方の半数を超える4,800人が認知症と推測されています。また、府中警察署に通報された所在不明で認知症と思われる高齢者の方の人数は、約130件あったということでした。月10件以上の通報数であり、高齢者数の増加を考えると、認知症の方が行方不明になる前に、地域の中で安全により早く保護する取り組みが求められ、本人や家族にとって安心して暮らせるしくみを構築することが必要です。

認知症になっても、地域で尊厳を持って安心して暮らし続けられる地域づくりを進めている、福岡県大牟田市を始め、東京都内でもその具体的実践が進んでいる自治体があります。地域の見守りの充実として、「認知症徘徊模擬訓練」を毎年実施し、具体的にネットワーク化が進められているようです。府中市でも「ささえ隊」の方々等と連携し「認知症徘徊模擬訓練」ができないかとその実施を求め、12月議会で一般質問をします。

1.「府中市認知症対策指針」の目的、具体的推進内容、認知症サポーター養成講座の目的、推進体制、成果、課題、これまでの受講者数、「ささえ隊」を設けた趣旨、総人数、現在市とどのようなつながりを持ち、どのような活動へと広がっていますか。成果と課題、また、「ささえ隊ネット会議」等の開催目的、現状と課題

2.認知症の方を支えている家族の方々等にとって、日常生活をするうえで困っていることはどのようなことと市は捉えていますか。まちで徘徊している認知症の方等を見かけた場合、市民はどのように対応すればいいですか。どこに連絡をすればいいですか。市民が公的機関に連絡をした場合など、現在、連携ネットワークをするにおいて、課題はどのようなことが挙げられていますか。

3.「認知症徘徊模擬訓練」について伺います。どのような訓練ですか、どのような効果を上げていると聞きますか。府中市でも実施するお考えはありますか。

 

生協の仲間でつくる地域のコミュニティ 防災時の「緊急物資配達先拠点」の登録をする

受け取り訓練とその配達先に取に行く訓練の実施

美好町3丁目の生活クラブ生協の組合員たちでつくるコミュニティの集まりがありました。その中で、防災時の物資配達先について拠点を決めました。

東日本大震災時に、東京の組合員から集まった物資を福島の組合員に届けたいと毛布などをトラックで送ったことはまだまだ記憶に新しいことです。地域の組合員が日頃からの顔の見える活動ができていたことから、組合員同士で物資を届け合ったそうです。仙台平野の仙台空港近くにある生協の配送センターはすべて津波で流されてしまい、かろうじて車は配達中だったことから、その車に組合員が同乗して配ったと聞きます。

大都市圏・東京でも、もし大きな災害が発生したらどうなるでしょう。

生協の配達は、日頃、戸別配送で各家に届けられていることもあり、市場への問題意識をもって同じ消費材を購入している仲間でありながら、近くの組合員の顔を知らない状況が見受けられます。消費材の配達形態は戸別配送の便利さは十二分にありますが、仲間の顔が見えにくくなったのも事実です。日頃から地域の組合員同士の交流があることは非常に心強いことです。以前の班での組合員活動では、しょうゆや砂糖、卵などを借りたり分け合ったりした仲間同士です。地域ごとのコミュニティの創設を防災の側面から構築していこうという試みは、新たなまちづくりが描けることにもつながります。

118日の土曜日、「緊急物資配達訓練」として、生活クラブ調布センターから「パックごはん」と「まぐろの油漬け缶」が美好町3丁目の組合員数分、私の自宅に届きました。午後からパパやパパと娘さんがこの物資を取りに来られるなど、総勢15名が訓練に参加しました。来られない組合員は、届け合うなどの工夫もされました。後日、参加しての感想などを出し合い、今後の活動にいかせられたらと思います。

2015年統一地方選挙 市議選政策発表集会 東京・生活者ネットワーク

 

      
2015年市議選政策発表集会にて

東京・生活者ネットワークは、今年6月から、2015年に行なわれる統一地方選挙に向けて基本政策作成のための議論を、4つの部会(福祉、女性、子ども、環境)と政策委員会を軸に進めてきた。その政策発表集会が1025日に行われ、さらに地域ネットが擁立した各候補者から一人一言ずつ決意表明のアピールも行なわれた。

政策発表集会のはじめには、元我孫子市長、現在中央大学にかかわっておられる福島浩彦さんから「人口減少社会-自治の真価が問われる」についてお話しをいただいた。

日本が人口減少社会に進んでいくことは避けて通ることはできない。「産めよ、増やせよ」の時代から、確かに女性への強制につながる国の政策は少なくなったことは確かである。課題は多くあるが、一人ひとりの生き方が選択できる社会にはなってきた。これらは社会のひとつの進歩とは言えよう。少子化現象を食い止めるに戦後まもない時代の少子化対策にはもう後戻りさせてはならないし、できない。一人ひとりの幸せのために、豊かな人生を築くために、そのために女性が出産を自身で望もうとする社会を築くことができるのか、そのことがとても重要ではないか。

「公共施設のあり方」は、複合化も進めなければならない時代に来ており、民営化も必要、多機能化も求められる。どうやってこれらの「質」を上げていくのか、選択と集中でいかに新しい考えの元で再生していくのかが問われる。それを考え生み出していくのが生活者ネットワークではないだろうか!」と話される。

「一人ひとりの思いをいかに政策に結び付けていくか!」「国が決める政策に従うのか、地域から声をあげ、私たち一人ひとりがどのような社会を目指していくのか!」「目指す方向性を大勢の市民と一緒に議論してほしい!」と、私たち一人ひとりの胸に大きく響いたお話しでもあった。

2015年統一地方選挙政策はまもなく公表されます。東京・生活者ネットワークへ http://www.seikatsusha.tokyo/asada/

国内最大・府中刑務所の施設見学と説明 府中市議会研修2014

 

刑務所内での食事をいただく

府中市議会では、府中市内にある府中刑務所に伺い受刑者と同じ昼食をいただき、施設内見学と説明を今年の議員研修内容とした。

大正13年に現在の地(旧北多摩郡府中町)に新営工事着手、昭和10年に完成。敷地面積26ha、収容定員2,808名中現在は2,350名。608名の職員が従事している。独居房(ベット対応)とたたみ6名部屋、作業場を一巡した。体育館も使用されていた。近年は外国人が増えてきており、刑期は8年8か月と日本人より長くなっている。ちなみに府中刑務所は男性のみの収容施設である。

国内全体で年間1,300名が出所するとのことだが、30%が再入所の状況になっている。更生施設での定着支援が行われているが、平成24年度に作られた再犯総合対策計画では、5年以内に再入所を20%に下げ、2年間においては80人再入所者を下げる目標が示されているとのこと。

府中刑務所は、国内で医療重点施設とされ、H25年度の決算額57億円(その内人件費は約半分の25億円)の内、2億円が医療費としてかかっている。医務部の医者の定員10名のところ現在7名と3名不足しているとのこと。

懲役受刑者の義務とし、「作業」を職業能力の向上や資格・免許取得につながる有効な矯正処遇技法の一つとしている。木工、印刷、金属、洋裁等の生産作業、炊事・洗濯・営繕の他、自動車整備、板金塗装の職業訓練も行われている。作業報奨金として、月3,000円〜2万円の支給がある人もおり、一定の範囲内で図書購入等に使用が認められている。原則として釈放時に支給がされることになっている。

薬物依存離脱指導、暴力団離脱指導、性犯罪再犯防止指導、就労支援指導、酒害防止指導、吃音矯正指導なども行なわれている。各部屋でも新聞が見られるようになっていた。知らされない出所1年前頃から別の棟に移り、社会に出て生活が営めるよう指導する期間が設けられている。

この日の受刑者と同様の昼食を1520円で用意していただいた。メニューは、麦入りごはん、すまし汁、ごぼうサラダ、ピリ辛牛肉炒めであった。一度も入ったことのない、また容易に入ることができない別な世界の府中市内の施設ではあるが、塀の外と中の空気はまったく違う。同じ人間として、人権は尊重されつつも、「罪を償う」ということがどういうことなのか、365日この中だけで暮らすことがどういう意味を持つのか、肌で感じた居室や作業場であった。

全国に広がる「暮らしの保健室」

 

NHKスペシャルでも報道された    戸山ハイツ「暮らしの保健室」

「暮らしの保健室」は全国で8か所に広がっている。東京都内では、新宿区にある戸山ハイツ(高齢化率約50%)の1階商店街内にある。20117月から身近なサロンとして医療も含んだ相談・連携支援窓口としてオープン。副室長の杉本みぎわさんから活動についてお話しを伺う。周辺には大病院があり地域のかかりつけ医を持っていない方が多くいる。行政の相談窓口は敷居が高く、気軽にお茶を飲みながら世間話をしているうちに今の生活の困りごとに自分自身で気づいてくる。話を聞くことを徹底し適切なサービスへとつなぐ。

 ・病院に通っているがなかなか相談し難い。ゆっくり話を聞いてもらいたい。

・入院での治療は辛いので在宅療養したい。

・「介護や福祉に関する相談」などに区別がつかず悩んでいる。

・退院するよう言われたがとても不安で・・・

・ガンの辛さや不安を軽くする緩和ケアを受けたい。  ec

イギリスの「マギーズセンター」がモデルになる。がんの治療中で様々な悩みを抱える方々の相談に対応し、自分らしい生き方を選んでいかれるよう生きるプロセスを支え支援する場所で、イギリス国内でも16か所に広がっている。

常勤2名で他はボランティアで傾聴などが行われている。運営面では大変厳しいが、地域の社会資源を緩やかにまとめていく場所が必要と考えられ、最近ではこうした地域づくりの視点から見学者が増え対応に追われている。「暮らしの保健室」のネーミングはいろいろなところで活用してもらって結構ですと杉本さん。 地域包括支援センターを機能拡大し、住民たちが運営し支えるしくみと一体化すれば、ちょっとした工夫で府中でも「暮らしの保健室」を作ることができそうだ。

第25回N0!寝たきりデー2014 私は認知症をどう生きたいか 〜本人と家族に地域が寄り添う〜

 

専門医の役割とは・・・
どのように理解を進めるのか!

社会の障壁を取り除くこと

誰もが高齢になればなるほど、認知症にかかる可能性は高くなる。高齢化が大きな危険因子である認知症に完全な予防法や治療法はない。では、認知症になることを恐れているだけでは解決されない。認知症になってもいきいきと暮らせる社会をつくることとはどのような社会を目指すことなのか。「それは、暮らしにくさを生じさせているのは社会であり、その社会の障壁を一つひとつ取り除くことである。」と上野秀樹先生(海上寮療養所精神科医、千葉大学医学部付属病院地域医療連携部特任准教授、敦賀温泉病院週3日勤務)は言われる。「認知症の人が暮らしやすい社会をつくることは、普通の人にとっても暮らしやすい社会の実現につながるのです。」と冒頭から共感するお話しが続く。

道に迷ってしまい声に出せない人がいれば、「どうしたの?」とそこで教えてくれる人がいること、誰もが知らないところに行けば道に迷う、声にだせる社会をつくることが大事であり、「世の中には多様な障害を持つ人がいるのに、そのことを考えずに形成されている社会システム自体が障害を作り出している」と今の社会問題を生み出しているすべてのことに通じる言葉にすとんと落ちていく。

医療従事者としての側面から服薬や病院での治療体制についての問題点をつく。病院は生活の場ではなく精神病棟不要論が説かれる。認知症の方を支える時の問題として、大きく2点あり、段取りができなくなるなど認知機能障害に基づく問題と行動・心理症状に基づく問題がある。そこから不安が広がってしまうこと。

精神科医が在宅に出向き「訪問医療」を行なう

誰もが希望をもって生きたいと思っている。好きなことが続けられれば笑顔で暮らせる。その生きる力をどのようにお互いに創り出せる社会を作っていくのか、「本人の声に耳を傾け、言葉でうまく伝えられない人もいるので顔つきで判断してほしい。けしてパターナリスティックにならないでほしい。」と上野先生自身、実際に直営の地域包括支援センターの機能として健康相談のかたちで、訪問診療に係っているとのこと。こうした専門医がそれぞれの住まいに入り活躍できるしくみが必要だと実感した。

市区町村の計画でもすでに認知症への対策は広がっている。サポーター養成からコーディネーター機能への充実と広げられてはきているが、まだまだ身近にいる家族など真の理解へとはつながっていない。これはすべての障がいを持った方にもつながることである。

住み慣れたところで住み続けられるよう来年度からの新たな計画策定に向けて具体的に必要な機能を今後も皆さんと一緒に考え、提案していきたい。

南相馬市の住民たちが進める農地再生・地域再生への取り組みについて

地面は適度な日照、その上で発電自分たちの地域は自分たちの手で! 『半農半電』で再生可能エネルギーの普及を進める活動

原発から20Km付近の南相馬市小高町で、「原子力に依存しないまち」をつくために再生可能エネルギー導入による地域づくりを進めている『えこえね南相馬研究機構』の活動について話を聞く。大資本会社に任せるとこれまでと同じようなことを繰り返してしまうと、自分たちの地域の農業再生と地域活性化を目指し、農地(第一種可)と太陽光発電の共存(ソーラーシェアリング)として、作物を育てながら約3mの位置に太陽光パネルの設置をする『半農半電』のしくみを進めている。

 「菜の花」で農地再生、そして地域再生へ

「菜の花」の栽培を通して土壌浄化を進め、農業再生と地域活性化を目指す『南相馬農地再生協議会』代表の杉内清繁さんを府中にお呼びして学習会(96日)を開催した。有機稲作の研究活動をされてきた杉内さんらは、警戒区域での米の作付、福島県産米の全量検査体制の構築、稲作以外の作付栽培の実施など試行錯誤で進めている。「菜の花プロジェクト」では、「なたね油」は放射能の影響を受けないことがわかり化学薬品を使わずに精製し販売が始まっている。チェルノブイリにも行かれ「地域再生は今を生きている自分たちの役割だと思っている」と杉内さん。来年の春に向けての活動がすでに始まっており、『南相馬で種まき体験』をこの927日(土)に現地で行う計画だ。原発の安全神話を信じきってきたが、脱原発を進める活動や農地再生に取り組まれる杉内さんの行動力に一筋の希望が見えた。この「なたね油」は、1019日の府中公園での平和まつりで販売する予定だ。皆さんお買い求め下さい。