こどものおまつり

10月1日の日曜日、芝久保公民館での「こどものおまつり」に、近所の小学生を誘って行きました。入園前くらいの子どもが沢山集まり、顕微鏡をのぞいたり、お絵かきしたり、工作したり、お話を聞いたり・・・。わらべ歌でのお遊びには、子どもが沢山あつまり笑顔 笑顔 笑顔・・・わらべ歌のおばさんは大人気。輪の中に入れない11ヶ月の子どもも体をゆらゆらしながら遠くからでも楽しんでいる様子。紙芝居には、正座して一生懸命お話をきいている子どもたち。英語を使ってのカード遊びも頭を突き合わせながら楽しんでいました。パントマイムは、一緒に手を打ったり、指をならしたり、子どもが皿回しに挑戦し、拍手喝采。手を差し伸べたり、大笑いしたり、開場みんなが参加して楽しみました。その様子をビデオで撮影しているパパ。子どもに寄り添うママ。懐かしいな〜と思うと同時に、とっても素敵な「子どもまつり」の主催者に拍手。まつりに参加できる子どもも幸せだし、私もとってもいい気持ちになりました。

認知症にも、やっぱり地域の見守り

「あの方が認知症だったの?」と、あとで気づくというお話をよく聞きます。
認知症という言葉は周知されてきましたが、「認知症」についてどのくらいのことがわかっているでしょう? 
先日も西東京市で学習会が開催されましたが、一人でも多く理解者が増えることで、当事者や家族、周りの人の手助けになりうるのだと思います。

私も以前、「鍵をかけられて出してもらえない!」とおばあさんに声を掛けられ、とりあえずそのご近所を訪ね事情を説明すると、「あ〜〜大丈夫ですよ、わかっています」と言われ、通りすがりの私には腑に落ちないままでしたが、今になって「認知症のおばあさん」だったのだと思えます。

地域の見守りの重要性を再認識しました。
いざとなれば、なかなか実態にあった対応は難しいのかもしれませんが・・・。

たかが食事 されど食事

西東京地域協議会・福祉部会の話し合いに参加しました。そこで、市の配食サービスのことが話題になりました。

本来は、安否確認のための配食だったようですが、家族形態もかわり、配食にはいろんな意味が含まれてきているようです。
「配食」を行うことから、どういう課題が解決できているのかと考え、配食事業の目的の見直しをすることも必要なのだと私には思えました。

中学校の給食も、親御さんからの要望をよく耳にします。
これに関しても、現状から対応を考えていくことが大切だと思いました。

たがが食事、されど食事。からだをつくる食のことは大切に考えなくては・・・・・ひとりひとりの市民みんなが健康な生活をおくれるためにも。

毎日の見守りと挨拶

小学生の登下校時に、見守りをされている方のお話を伺いました。
子どもたちやその親も、その方に気持ち良く挨拶される姿を拝見し、私までも微笑ましくなりました。
見守りの時間帯はトイレにも行けず、雨でも傘もささずに子どもたちを見守ってくださっています。寒さより夏の暑さはきついそうです。でも、子どもたちとの会話が励みになると話されました。
私も芝久保小学校の見守りの腕章を付けて歩いていたとき、「ありがとうございます」と子どもから声を掛けてもらい、その日は1日清々しい気持ちでした。挨拶が交わされるまちって−素敵!
学校によっては、保護者の方たちが協力し合って、見守りをシステム化しているところもあるようです。それぞれ大変なことと思いますが、幸い大きな事件は起こっていません。何よりの成果だと思っています。

9月11日の集中豪雨に思う

これから、いろいろな活動の中で、日々感じることなどをお知らせしていきたいと思います。
まずは、これまで書きためていたものを、少しずつこのページにアップしていきます。

夜中にこれまでに経験したことのない凄い雷の嵐!ラジオでもテレビでもニュースはなく不安なまま朝をむかえ、私の住む芝久保では80ミリを越える集中豪雨だと知りました。向台町では2件の床上浸水もあったそうです。 
ご近所の家の壁には、水が床上まで上がった形跡がしっかり残っていました。
我が家の半地下の駐車場に置いていた防災グッズも、水浸しになっていたことに、後になって気づきました。急激な気象変化に、敏感に気づくことも、災害に備える一歩と実感しました。
8月に「防災」をテーマに集会を開き、市民のみなさんと情報を共有する場をもちながら、自分自身の普段の意識のありかたの低さに反省でした。あ〜〜恥ずかしい  
いつ、どんな災害が起こるかわからない・・・・備えあれば憂いなし!