「代理人」交代にあたっての想い

 2007年から8年間「代理人」を務めました。振り返って、なんと振幅の多い年月だったか、と思わずにはいられません。
 自民党政権から民主党に政権が移り、一時は世の中変えられる!と期待しましたが、2011年のあの大震災、原発事故の衝撃と、今に至る安倍の強権政治は、堪え難いです。最後の1年余りは府中市議会の場で、秘密保護法や集団的自衛権、原発再稼働に反対する意見を私が述べることになるとは…とんでもない時代です。あっという間に時代の局面が変わることを、まさに体感しました。

 先日、沖縄の辺野古新基地に反対する国会包囲行動(5月24日)に参加しました。
 この日は1万5千人が集まり「包囲」を実現しましたが、一周してみて、若い人が少ないなあ、と思いました。私たちの想いの一方的な押し付けではなく、若い世代へ私たちが残したいことは何かを伝え、若い世代の思いも聞かなくてはいけないと危機感を持ちました。
 「デモや直接行動で何が変わるの?」という若い人たちにとっては、それが行動提起の魅力のなさなのかもしれない、という柔軟な思考を私たち還暦世代は真摯に持たないと、見放されてしまいます。おそらく地域活動も同じではないかと思いました。

金武湾の石油備蓄基地〜辺野古のたたかい〜地方議会への想い

 1970年代、沖縄の金武(きん)湾を埋め立て、三菱石油㈱によって石油備蓄基地(CTS)が建設されました。それに反対したおばあ、おじいたち「金武湾を守る会」の代表だった安里清信さんの話を80年頃、聞いたことがあります。ゆったりとした語り口でしたが、日本(ヤマト)に「復帰」後、ヤマト資本によって海が壊されていくことへの怒りにあふれ、何も知らなかった私は衝撃を受けました。
「『海』という字は、人の母と書くでしょう。海はいのちのみなもとなんだよ。ウチナンチュは、海があったから生き延びられたんだよ」と…。
 のちに安里さんは「海はひとの母である」という本を出し、沖縄戦で焦土となって生き残った人たちの糧となったのは海の恵みであった、その海を死に追いやるヤマトへの復帰が正しかったのだろうか、と述べます。
 いま、辺野古を巡り、沖縄の人たちの「海」と「いのち」への想いを拒みアメリカに寄り添う日本政府の高圧的な態度を見ながら、安里先生の言葉が浮かびます。問題はヤマトである、ことは明らかです。

 沖縄ではたびたび辺野古への基地移設に反対する民意が選挙でも示されました。しかしその思いは無視されています。まさに地方自治の破壊であるとして、地方の議会で意見書が採択されていることが報道されました。

 いま、府中市で私たちは26日の統一地方選挙に向けた活動を続けています。そのような言い訳で、なかなかこの欄が更新できなくてすみませんでした。しかし、府中市の議会もそのような動きに連なれる議会を目指したいと思います。現状ではなかなか道は遠いですが…

基本計画と大きく異なる「学校給食センター」の設計案が示される!  前例のない規模・設計の計画は、市民にもう一度公表すべき

 朝日町に土地を購入し、建て替え計画が進んでいる「学校給食センター」ですが、基本構想では1階が調理と食器などの洗浄・保管のスペース、2階が事務や会議などのスペースという計画でした。しかし14年1月に示された「基本計画」(府中市 学校給食センター基本計画 でネット検索できます)では、土地が狭いことから、洗浄・保管スペースを1階、調理を2階とした、全部で3階建てに変更されていました。これが示されたとき、複数階のセンターは無理があるのでは、と市に見解を求めたところ「これは都市型学校給食センターである」と強弁していました。
 実はその後、当初洗浄・保管は機材が重たくなるので1階と考えていたが、計画を立てた後に厨房機器メーカーに意見を聞いたところ、2階でも大丈夫だというので変更する、という報告もあったりしました。このときも「それならば、なぜ初めから厨房機器メーカーをくわえて計画を立てなかったのか。これは基本計画の変更であり、あらためて市民に公表すべき」と意見をしましたが、実現しませんでした。
 ところが、この2月に、議会に対し「基本設計をたてている中間報告」として概略図が示されました。
 この図は、議会に示すために書いたもので設計図でもないし、細かいものでもない、建設費用もまだ示せないと担当者は言います。

2015年2月学校給食センター平面図

 明らかに「基本計画」とは違うものです。アレルギー食と炊飯室は3階に移りました。22000食という日本で最大規模なセンターでありかつ、かなり複雑な調理と配送の仕組みになります。建設費もまだ明らかではありませんが、フラットな施設よりもかなり増大します。
 予定通り16年の4月に建設工事に入り、17年の2学期から供用を始めるとしていますが、全国的に例のない、無理のある計画だと思います。「設計」はおそらく市民に公表はされません。私たちは「食育」の視点から大規模な学校給食センター建設に一貫して反対してきましたが、市はこれまでの経緯を重く見て考え直すことができないのでしょうか!?

図のPDFはこちらから 

資源物持ち去りに規制をかける、市の条例案に反対したわけ

行政回収の業者以外の持ち去りに罰則をつけて規制しようという条例提案に反対したことに対し、以下のようなご意見をいただきました。

日頃から「わくわく通信」を関心を持って拝見しています。原発・解釈改憲と同意することも多々あります。
ところで2月5日発行の市議会だより掲載「廃棄物の処理関連改正条例案」にネットとして反対していますがその理由をお聞かせ戴ければ幸いです。
再生資源の中でも新聞は、我が家では新聞販売店の回収日に出しており横領されることはありませんが、近所の新聞は”窃盗業者”が回収日になると朝からトラックで何度も何度も周辺を行き来して所構わず個人の敷地内にも進入して新聞を盗んで行きます。再生資源は額の多少を問わず市の財源として戻ってくるのであり市民の財産です。窃盗が罪になるのは法律にも定められており、新聞を盗む業者に罰金を課す改正条例は至極当たり前と思いますが、「反対」したのは何か特別な理由でもあったのでしょうか?

ご意見ありがとうございます。
この件の判断については、実態に対する規制か、リサイクル本来の筋を通すかで、迷ったのは事実です。
しかし、リサイクルへの政策的関与は必要ですが、本来民間のリサイクルに委ねるべきところに、行政リサイクルを進めるような介入をすることは、民間のリサイクルを圧迫し、本筋ではないと考えました。
行政に必要な介入は、実行しておられるような回収を業界に義務付けることや、障害者団体の運営の一部にしたり、マンションや自治会単位で集めて民間業者が回収するような「集団回収」を進めることだと思います。

府中市はごみ有料化のさい「集団回収も進める」と言って、資源の行政回収は減らす方向でしたが、実際は進めることができず、行政回収が増えてきました。
集団回収ができない人のための行政回収をすべて否定するものではありませんが、今回の審議の中でわかったのは、おそらくは都の方針(特定民間事業者の組合からの要請)で条例化に踏み切ったという背景があり、行政回収を縮小するとしてきた従来の市の方針が、都の要請で大きく変わったことが疑問でした。行政回収は、市の財源として戻ってくる以上に、経費が掛かっています(収集運搬、保管、引き渡し)。また今回の条例では、罰則規定がかなり厳しいですが、それを管理監督できるか、という疑問もありました。

確かに市に出したと思っていたものが、それ以外の業者に抜き去られるのは、看過できないという気持ちは理解できますが、厳しい罰則規定をつけてまで条例化する必要があるのか、という点で賛成することができませんでした。
議事録も公表されていますので、もしよかったらご覧ください。

12月議会では「障害者差別解消法」に府中市がどのように対応するか一般質問しました

~国の「基本方針」次第だそうです。基本方針案に、意見を出しました~

私は12月議会の一般質問で、2016年4月施行のいわゆる「障害者差別解消法」に府中市がどのように対応するかの方針について聞きました。

 同法に則り、行政機関でも障がいのある人も共に社会に参画するために必要な「合理的な配慮」が求められますが、具体的な内容は、国の「基本方針」に定めるとされています。ちょうど一般質問をしたころは、国の障害者政策委員会で素案がまとまり、パブリックコメントの募集中でした。
 そのため、市の答弁は、府中市にも社会的な差別が存在することは認めつつも、差別解消法に基づく「基本方針」や「ガイドライン」が、きちんと国から示されるのを待ってから、近隣の自治体の状況を見て対応するとのことでした。たとえば教育の場で、障がいのある児童・生徒への「合理的な配慮」の内容などについて、市独自に何か具体的に進めたいという方針が示されず、話し合いの体制を作る予定であるとするにとどまりました。

 府中市の障害者福祉計画案が12月にまとまっています。策定するにあたっての議論の中でも、教育や雇用の面で差別解消法では問題となるような事例が当事者や支援の団体から挙げられていました。このような障がい者の声を真摯に受け止め、市全体で検討する体制を作り、差別のない地域づくりを行なってほしいと訴えました。

 国のパブリックコメントにも意見を出しました。「基本方針」の案は、国の障害者政策委員会できちんと討議されたものですが、その中で出された修正意見がきちんと案に反映されたとは言えないようです。「基本方針」は年明けに閣議決定されると言われています。ちょっと内容は細かくなりますが、私が出した意見を抜粋します。
 3年後には見直されますので、法律を実効性あるものに育てるために、ぜひ、「基本方針」についても注目していただきたいと思います。

パブリックコメント★教育に対する意見

P3 Ⅱ 1 法の対象範囲(1)障害者 のところ、最後に「障害者の家族も対象とする」を追加してください
教育において、障がいのある児童・生徒の保護者に付き添いを求めることが普通学級でも特別支援学級でも、全国で正当化され行われていますが、これは障がい者の保護者に対して、障がい児の親であるという避けられない理由で受ける差別です。現状を調査して、文言を追加してください。

P4 Ⅱ 2 不当な差別的取扱い(1)不当な差別的取扱いの基本的な考え方①のところ、最後の「なお、障害者の事実上の平等を促進し、または達成するために必要な特別の措置は、不当な差別的取り扱いではない。」の部分で「必要な」の前に「本人が望む」を追加してください
この基本方針案の1〜2ページで述べられているように「障害の有無によって分け隔てられない…社会の実現」が大切なことです。現状の特別支援教育の在り方はこの理念に反すると考えます。この文章のままでは特別支援教育が「必要な特別な措置」として「平等」な教育であるとされるおそれがあります。

 P4 Ⅱ 2 不当な差別的取扱い(2)正当な理由の判断の視点の4行目、「第三者の権利権益」を削除してください
この言葉が入らないと、当事者間の話し合いだけではない判断が入ってしまいます。差別は、受けた当事者の問題です。

P6 Ⅱ 3 合理的配慮(2)過重な負担の基本的な考え方 の本文全文について書き換えてください
 私は、教育の場での障がいのある児童・生徒の保護者に付き添いを求めることは問題だと思います。この文章のままでは、介助員や支援員や看護婦のための予算をつけることも「過重な負担」であるとされてしまうおそれがあります。
 「具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断する」という文章のままでは、学校が当事者との話し合いもなく、学校主体で「総合的・客観的に合理的配慮がこれ以上はできない」と決めて、安易に保護者の付添いを話し合いもなく一方的に押し付けることが「説明」にあたるとされてしまうと考えます。
 本文前段を「過重な負担については、行政機関及び事業者において、個別の事案ごとに具体的な場面や状況に応じて、障害者が合理的配慮を受けられないことによって失う権利や利益と比較考慮してもなおやむを得ないとされるほどの負担が生じる場合を意味するものとする。」とし、後段を「行政機関及び事業者は、過重な負担に当たると判断した場合は、障害者に理由を説明し、理解を得るよう努めることとする。さらに解決に向けて、当事者間で代替案や改善計画を含め協議していく」と改めてください。

P10 3 啓発活動 (3)の② インクルーシブ教育システムは特別支援教育の推進の意味で用いられており、権利条約に反します。②は文頭から…推進しつつ、までを削除してください

府中市議会では、原発の再稼働反対の意見書を求めた陳情は不採択となりました

 11月21日に「エネルギー政策を考える府中市民の会」が「川内原発をはじめとする原発再稼働に反対し廃炉とし、原発ゼロ政策への転換に向けた意見書」を採択するよう求めた陳情を府中市議会に起こしました。同時に署名活動も開始しました。
 まず、12月3日に総務委員会で審議されました。どの委員も「原発は将来的にはなくすべき」といいつつ、しかし原発がないと経済が成り立たないという意見が多数で、福島原発事故や廃棄物処理を問題として、陳情は採決すべきとした意見は少数にとどまり、不採択となりました。
 本会議での議論は、衆議院選挙翌日の12月15日でした。署名の提出が668筆にのぼったとの議会事務局の報告のあと、議員全員による採決が行われました。生活者ネットワークは、ここで採択を求めて意見を言いましたが、採決により、陳情に賛成は25人中10人にとどまり、やはり不採択となりました。
 原発再稼働の是非が市議会で議論になったことは特筆すべきことですが、国政の党の考え方に規定される議員の数の壁を超えることができず、残念です。

 以下、生活者ネットワークの本会議意見です。

 ただ今、総務委員長から原発再稼働に関わる国への意見書を求める陳情について、不採択との報告がありましたが、生活者ネットワークは総務委員会に委員がおりませんので、この場で意見を申し上げます。

 委員会ではどの委員も、原発は将来的になくすべきである、と意見を述べられていました。福島第一原発がいまだに汚染水の処理もままならず、事故の全容も解明できず、これからどれだけ事故の処理に費用と時間がかかるか予想できない事態を前にすれば、当然のことだろうと思います。いったん事故が起きれば、取り返しがつかない環境の汚染と人々の生活の破壊をもたらすことを福島の事故は証明しました。
 しかし、原発がなくては経済も生活の豊かさも維持できないではないか、すぐに廃炉は無理である等の理由が結果的に多数を占めましたが、改めて陳情に採択を求めます。

 採択理由として委員会では出されていなかった原発にかかるコストの問題について申し述べます。
 原発は安いと言われてきましたが、立地対策費、事故対策費などの社会的コストは、私たちの税金や電気料金に上乗せされており、電力会社は自ら支払っていません。東電は福島の事故で、すでに賠償資金4兆5782億円を受け取っているとされますが、これにも私たちの税金や電気料金が含まれる仕組みが作られました。これらを自ら負担するリスクを負ったら、原発事業は到底成り立たないはずです。
 再稼働するのであれば、国と電力会社は、「経済性もなくリスクも大きい、事故が起きたら巨額のコストがさらに発生する、それでも動かすのだ」という説明をきちんと国民に行なうべきです。

 また、原発から生み出された放射性廃棄物は、福島の事故以前から日本で再処理もできず、処分もままならない状況でした。しかも廃炉を今すぐ決断したとしても、原子炉をはじめとする高レベルの放射性廃棄物の処理処分の技術は確立しておらず、どのくらいコストがかかるかもわからないと言われています。
 原発によって国の豊かさそのものが失われる可能性があるとしたのが、陳情者が力説した、大飯原発差し止め訴訟の判決でした。54基もの原発を抱えてきた日本で、これまで原発を動かすために費やしてきた技術は、この機会に廃炉に向けて生かすべきでしょう。それが、類を見ない福島の事故から得られる教訓ではないでしょうか。リスクの大きい原発を再稼働させることで、将来世代や環境への負担を押し付けることは、本当の国の豊かさや人々の生活を保障するものとはなりません。

 私たちは、地方に危険な電源を押し付けてきたことを振り返り、「国の豊かさとはなにか、そのために原発は必要か」と、福井地裁の判決を受けて立ち止まって考え、原発の再稼働を見直す時だと思います。採択を主張します。

「代理出産を問い直す会」代表の柳原良江さんから、アメリカの現状のDVDを見てお話を聞き、生殖技術と女性のからだの収奪について考えさせられました。

 11月23日、女性センターで行なわれた「第28回府中市男女共同参画推進フォーラム」企画による講演会「産む、産まない、生まれるいのちを考える〜女性のからだと生殖医療」に参加しました。講師は「代理出産を問い直す会」代表の柳原良江さんです。

 この会は、2008年、代理出産を巡ってメディア上で問題になった時、第3者がかかわる生殖技術があまりに医学や科学の側面だけで取り上げられることに違和感を持った研究者により発足し、生命、人の価値、体の収奪など、倫理の面での問題点を研究・告発してきたということです。

DVDの原題は「Eggsploitation」。「eggs(卵子)と「exploitation(収奪)をつなげた言葉…

 まず、会が日本語版を制作した「卵子提供〜美談の裏側」というDVDを見ました。アメリカで「人助けになる」という誘い文句で、リスクはほとんど知らされず卵子を提供した女性たちが、大量のホルモン剤、排卵誘発剤や医療手段によって、信じられない体の破壊を経験した事実が描かれていて、衝撃的でした。
 若い健康な女性がターゲットになっていました。報酬の代償として卵子を提供した女性の健康状態の後追い調査は、病気の治療ではないため、なされていませんでした。契約では、具合が悪くなっても止められない、卵子提供の事実を他人に知らせてはいけないなどとなっています。いまアメリカの不妊治療は数千億円規模の巨大産業になっています。

 このような事実は、不妊治療者の救済やライフスタイルの多様化、女性の自己決定権の拡大と言って済ませられる問題ですか?!と柳原先生は問い返します。
 卵子提供した女性や代理母の実態はあまりに知らされてこなかったことが問題です。男性のからだの収奪であれば、こんな事実はきっと社会は放置しないと考えると、これは女性差別です。さらに他者の身体を利用しても子どもを得たいという女性に対し、経済的に弱者である女性が被害者となっているという、女性どうしの見えにくい差別構造でもあると指摘します。

 

 この秋、日本でも卵子提供や代理出産を認めようという法案が出される予定でした。見送られましたが、時間の問題でしょう。しかし法案は、実態だけでなく、生まれてくる子どもたちのリスクなどに、あまりに考えが及んでいないもので、人権にかかわるといいます。
 この映画を観て、参加者は「こんな事実は知らなかった…」と驚きの感想を述べていました。多くの人が事実を知って、法制化されると、日本でどうなるのか、考えるべきだと思いました。

原発は事故が起きたら取り返しがつかない。事故の責任を電力会社は取らない。そんな原発の稼働を認めるわけにはいきません! 府中市議会に再稼働反対の意見書提出を求める署名にご協力をお願いします

 今夏は、原発なしでも乗り切れました。国が節電の数値目標を示さなかったにもかかわらず、です。福島原発事故による生活と環境の破壊の重さは、南相馬の杉内さんのお話で身にしみました。

 10月18日に大島堅一さん(立命館大学教授)のお話を聞きました(「原発コストと電気料金〜エネルギー転換に向けて〜」主催 東京・生活者ネットワークほか)。
 原発がないと経済が成り立たない、原発は他のエネルギーより安価、等の言説のからくりを解き明かしてくれました。

 日本はエネルギー資源が乏しいから原子力エネルギーが“準”国産エネルギーだと意味不明の理由で進めてきたが、それは再処理や高速増殖炉の稼働で「核燃料サイクル」が確立していることが前提であり、それは全く今では望めない。六ヶ所村の再処理工場は稼働の見込みが立たず、高速増殖炉の「もんじゅ」は止まったままで、廃炉の決定もせず税金を使っている状況である。
 「安い」という根拠は、原発のコストの計算に、事故リスク対応の費用、今まで算定していなかったバックエンド費用(核燃料の処理・処分や廃炉の費用)、事故処理費用などの「社会的費用」を加えていなかったから。福島原発事故を見ても、事故を起こせばその額は青天井であり、しかもその費用を、加害者である東電ではなく、国民が負担する仕組みを国が作ってしまった。あまりにも費用が莫大で会社が責任をとれないから、というのが理由だ。これでは東電は痛くもかゆくもない。しかも本当に不誠実な事故の補償をしている…と。

 そしていま、政府は原発のない道筋を開くどころか、再稼働、本格稼働に向かっています。政府の説明のいい加減さや、電力会社の加害責任のなさや「コストのからくり」を大島さんから聞いた以上、認めるわけにはいきません。

 いま全国の自治体の議会から、政府に対し「原発ゼロ、再稼働反対」の意見書を提出しようという活動が取り組まれています。(http://nonukes-ikensho.org/)
 府中でも、市民が12月の府中市議会に向けて、陳情署名活動を開始しています。ご協力をお願いします。
  署名用紙をダウンロードして使ってください。

 

リニア中央新幹線?! アメリカの「支配戦略」に誤魔化される歴史を繰り返さないで!

 去る10月13日(月)、詩人のアーサー・ビナードさんが「リニア新幹線」問題について語る講演会(主催 リニア・市民ネット)を聞きました。

「リニア」という言葉は「直線」。リニアと英語で言って、英語圏の人に、一直線に疾走する乗り物はイメージできないそうで、英語でこの乗り物を表すなら、たとえば「スーパーコンダクティング(超伝導の)マグネティック(磁気)レビティション(浮揚)ライン」となるそうです。それが日本では、さわやか、すっきりのイメージの言葉で誤魔化しているのだそうです。
 

 アーサーさんは、日本人はアメリカの戦略にこれまでも誤魔化されてきたのだという、意外な方面から話を始めました。1945年3月10日、下町の人たちが10万人も殺された東京大空襲があった。
 なぜ下町をアメリカは狙ったのか…それは、支配層のいる地域は温存し、日本の戦後体制をアメリカの手中にするための焼夷弾による「実験」だったと言います。支配層によって1964年には、新幹線開通とオリンピックを成し遂げ、その後の高度経済成長によって、すっかり日本人は浮かれ騙され、アメリカによる植民地支配は目的を果たした。
 そんな日本人の「アンポンタン度」を測るために、1964年の12月7日「パールハーバー」の日に、東京大空襲を指揮した司令官カーチス・ルメイに勲章を授与したが、反対の声はほとんどなく、過去を忘れて浮かれていることを支配層は確認したというのです。この日の参加者も(私も)その事実すらほとんど知らないのでした。

浮かれてリニアを認めてはいけない!
 アーサーさんは、「リニア」に浮かれてはいけない。単に東京―名古屋間が早くなるのが「リニア」の目的では絶対ありえない。これは「実験」である。地下の暗い電磁波だらけのトンネルを突っ走る技術開発には、アメリカの戦略という裏があるに違いない。
 そうでなければ、9兆円ものJR東海だけで負いきれるはずがない、経済的に合わない事業を進めるはずがない(原発と同じで結局つけは国民の負担になる!)と強調していました。

「通過地となる町田市の代理人、渡部さんと」

10月17日に、「国交相がリニア建設計画を認可した」という新聞記事がありました。総工費9兆円をJR東海が賄うと言っているので大丈夫、環境対策も「JP東海が行なうから大丈夫と国交相が言っている」で済ませています。講演会を聞いた直後なので、そんなことありえない! と、この記事のいい加減さに怒りました。止めさせなければ!

 

 

◆参考までに、「youtube」で講演会 第1部の録画が公開されています。
 (最初の17分くらい雑音で聞き取れません。新幹線到着後のお掃除の手際の良さを「世界一の現場力」と称賛した本についての、新聞の書評を批判しています) 
https://www.youtube.com/watch?v=NVsYfGU5o0I

NPO市民科学研究室 上田昌文 講演&ワークショップ  「ケータイ、スマホの『健康リスク』と『依存症』を考える」学習会報告

子どもたちへの深刻な心と体への影響に対し、大人が何とかしなくては!

甘い総務省の子どもに対する使用規制
  
今や、携帯電話やスマートフォン(スマホ)は高校生のほぼ全員、中学生の半分、小学生で3人に1人が所持しており、中でもスマホが急激に普及(高校生で約6割)しています。子どもたちが小さいときから電磁波を身近に浴びて育つ、かつてない時代になりました。講師の上田昌文さんからは、健康リスクだけでなく、特に「ケータイやスマホなしでは一時も過ごせない」状態に陥る、いわゆる依存症の問題について語っていただきました。
 

 

 

 

 

 

 さまざまなデータから、中高生がメールやインターネットに生活時間を削り、通信を繰り返し、枕元にスマホを置いたまま「寝落ち」!の実態が統計でも浮かんできます。ある企業の調査では女子高生の1日の平均使用時間は6.4時間、6時間以上使用が4割を超えたとか。いたずらやトラブルも絶えないことは、電波行政を管轄する総務省でも把握していますが、規制はメーカー寄りでとても甘く、子どもへの使用制限もなされていません。電磁波の基準値や使用規制はEUなどの国々と比べてとても緩いものでした。

幼いころから高頻度・長時間・長期間の曝露環境で将来は…
 
健康上のリスクは、脳腫瘍リスクと精子損傷リスクが主に挙げられるそうです。子どもは頭がい骨が薄く脳が小さいため、電気伝導性や電波の透過性が大人より高いし、発達途中で細胞分裂も活発であり、脳腫瘍のリスクが高くなるそうです。長期間の男性の下腹部への携帯電話の電磁波の曝露状態(ズボンのポケットに入れっぱなし)では精子に影響を与えるという論文もあるそうです。幼いころから高頻度・長時間・長期間になれば、発症リスクがより高まると示唆している疫学研究もあるそうです。

 しかし、深刻なのは、動きが少なく刺激が強いスマホ、ゲーム漬けで長時間、長期間過ごすことで孤立化し、携帯なしではいられなくなる状態に陥ることです。さまざまな運動や遊びなどの体験を積んで成長するべき大事な子ども時代であるべきなのに、負の影響が大きすぎます。
 今の大人が「便利さ」だけを追求する社会、子どもたちが自然の中で遊ぶことの楽しさ、厳しさを体験できない環境を作ってしまいました。いまや教育現場でも導入が進んでいますし、セキュリティをうたった連絡・監視システムも広まっています。しかし負の側面を重くとらえ、少しでも対処しようという姿勢が、日本では見られません。

「測定器を手に説明する上田さん」

 

大人の責任で何とかしなくては!
  
依存状態にある子どもを何とかしたいと思っても、通信の相手との関係もあり、親だけで止めさせるのは難しく、社会の問題として対処する必要があるといいます。できる限り自分や家族に対しては曝露低減のために自衛しつつ、依存症への対処は公共の課題であると、大人の責任として社会に対し声を上げ、自治体でも法的にも使用規制などに早急に取り組むことが必要だと強調されました。

 

 

 今後も機会を作って、さらに多くの地域の人たちと問題を共有していきたいと思った学習会でした。

*ヨーロッパでは、12歳以下には広告の禁止、6歳以下には販売禁止やイヤホンマイクとセットでなければ売らないとした国や、過剰な使用を戒めている例もあります。ベルギーでは、昨年7歳以下に携帯電話の販売の禁止、14歳以下に広告やテレビCMの禁止を決め、携帯電話の販売業者に機種のSAR値(電磁波の人体への単位時間当たりの吸収エネルギー量)表示を義務付けたそうです。