計画停電と私たちの暮らし

 東北関東大震災から3週間が経ちましたが、日を追うごとに被害の大きさが明らかになり、さらにその後の福島第一原子力発電所事故は「予想外」というだけではかたずけられない大きな課題を私たちに付きつけています。

 昨日は東京都の金町浄水場から乳児の安全基準を超える放射性物質が検出され、都内のスーパーの棚からは水が消えたそうです。久しぶりに買い物に出ると、インスタントラーメンの棚もお米の棚も飲料水の棚もガラガラで、節電で店内の暗さもあり、異様な感じがしました。

 東京電力の計画停電も当初はいつ来るのかと構えていたのですが、結局私の地域は1回行われただけですが市民生活には思いもよらないところで大きな影響が出ています。市は停電予告があるとデータ保存のためにホストコンピューターを3時間かけて停止し、その立ち上げには3時間以上かけざるえなく、結果住民票の発行などの窓口業務は長時間ストップしています。年度末の移動なども多い時期だけにいろいろなところで支障をきたしているようです。

 また、今回の停電で改めて東京の便利な生活の多くを東北地方の原発に依存していた、ということが明らかになりました。自らの問題としたいと思います。

*計画停電に関連してヤフーが東京電力のデータをもとに電力使用量と使用率を発表しているそうです。
数字見ながら電気の使用を控えれば計画停電しなくてもいいのでしょうかね。

http://setsuden.yahoo.co.jp/

 

東北関東大震災と原発事故

 前回の内容がニュージーランドの地震でしたが、それから約2週間後にこのような状況になるとは思ってもいませんでした。

 被害にあわれ、不幸にも亡くなられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、不明の皆様がお一人でも多く救出されますことをお祈りいたします。また、被災され避難所で不自由な生活を余儀なくされている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

 当日、府中市議会は予算委員会の最中で、議員28人と職員50名近くが一部屋にいたのですが、大きな横揺れが続く中、誰も席を立たなかったり、出口のドアを開けようともしないのは、不思議な光景でした。集団でいるとかえって行動が遅くなるのを目の当たりにしました。

 刻々と伝えられるニュースは、日が経つにつれ厳しさを増していますが、その中でも福島第1原発事故は放射能汚染により、ついに周囲20キロ圏内の住民の皆さんへの立ち入り禁止や、30キロ圏内の屋内退避が進められています。

 今日のニュースではさらに状況は悪化しています。しかし、放射能汚染についての詳しい情報が伝えられていません。そのような中、救援に向かっている米軍の艦艇が太平洋側への寄港を日本海側に変更したり、横須賀基地の軍関係者や家族に対し、屋外に出ることを控えるように、との広報がされていました。
東京都のホームページには計測データは出ていますが、その数値の意味はよくわからなかったり、「健康被害はありません」ということしか書かれていません。
ドイツが早々と原発建設計画を凍結することを発表するなど、海外の今回の原発事故への反応と比べ、国内では必要以上に不安をあおることを回避したいのでしょうが、対応への鈍さを感じます。

 また、今回の震災によりすべての報道の目がこちらい向いていますが、日常の中の事件や出来事にも目を配りたいと思います。

 

クライストチャーチの地震から

22日に起こったニュージーランド・クライストチャーチの直下型地震のニュースは、被災者の中に日本人の語学留学生多くいたこともあり、連日その状況を詳しく伝えていますが、私もちょうど3年前、クライストチャーチを訪れたことがあります。

 今回の被害者と同じように、娘が1年間の語学留学中だったからですが、娘の話では韓国や台湾からの生徒も多く、ワーキングホリデーで働きながら学校に通う生徒がいたり、娘もたくましい仲間たちに触発されたところは多くあったようです。それだけに、今回の地震は人ごととは思えず、救出を待つすべての人の無事を祈ります。

 このニュースから阪神淡路大震災や中越地震の時、外国人被災者の方はどうしていたのかを改めて思い返しました。母国語での情報は伝わっていたのか、避難所では大丈夫だったのか、おそらく言葉の壁は不安を大きくしただろうと思います。あの当時はそのような想像力すらなかったと、反省するとともに今後への対応は考えておかなければいけないと思いました。

 昨日の新聞にそのことが取り上げられていました。神戸で被災した人は情報がなく不安だったことや、避難所での物資も外国人の自分が受けっとていいのかと躊躇したとあります。新潟では中越地震の後、災害などの時に外国人を支援するNPOが立ち上がったことや、外国人住民が多い浜松市や群馬県太田市では災害時に通訳や翻訳を担う人との協定を結んでいることが書かれていました。

 地震や災害はそこにいるすべての人を被災者とするのですから、日頃から考えておくべきことでしょう。府中市はどうしているのか、早速確認してみます。

社会福祉協議会の貸付制度の課題

不正受給だけが問題なのか?

 今週月曜日、夜7時半から「NHKクローズアップ現代」で、社会福祉協議会の総合支援資金の7割が滞納状態であることの課題を取り上げていました。ちょうど同じ日の午前中に府中市の社会福祉協議会で同じような話を聞いたばかりでした。

 この総合支援資金は、一昨年、麻生政権が衆議院選前の補正予算で計上したもので、これまでの生活再建資金の融資条件を大幅に緩和、日常全般に困難を抱えた世帯の生活の立て直しのために継続的な就労支援や家計指導などを行い、生活費及び一時的な資金を貸し付ける制度です。これまで貸付にあたっては保証人を必要としていましたが、それがなくなったことで利用は大幅に増えました。府中市の場合でも5年前に比較すると、利用は約6倍だそうです。

 貸付額は、単身者であれば生活支援費として一カ月15万円を最長12カ月、オプションで住宅入居費や公共料金などの滞納清算金や転居の際の敷礼金などを貸しつけます。さらに、住宅手当を受けることもできます。もし、最大限借りれば1年間で280万円を借りることになります。1年の貸付期間が終了すると、半年後から最長20年とはいえ、返済が始まります。昨年の秋以降これらの返済が滞っている人が急増している、と言うのがNHKが番組で取り上げた問題点です。

 番組では7割が滞納状態と言っていましたが、府中の場合も同じような状況でした。その原因について、番組では組織的な不正受給があったことを取材していました。路上生活者などに声をかけ、架空の離職票や住民票などで貸付を受けさせ、その多くをピンはねしてしまい、社会福祉協議会が返済を求めようにも連絡先不明で郵便はすべて返ってくるというものです。

 府中の担当者も不正受給のことは認識していましたが、滞納になってしまうのはそれが主な原因でもなさそうでした。最初に家計診断などをしても継続的には相談に乗れるほどの人員体制になっておらず、現在一人で貸付、相談、返済までの業務をやっており、そのこと自体無理だと話していました。さらに、貸付目的にあるような就労相談まで出来るわけがない、そのため多くの人は1年が過ぎても生活再建にまでは至らず、そのまま生活保護受給者になり、結局滞納することになるのだそうです。このような状況になることは現場の相談員の人たちは最初からみんな分かっていて、なぜこんな制度にするのか、と言っていたのだそうです。

 私が以前に聞いた話でも、失業状態で生活保護申請に行った人が、市の担当者からこの貸付を受けるように言われ、結局1年後には今度は負債を抱えて生活保護申請をすることになった、と言うものです。このような例が結果として7割の滞納者を生み出しているのであり、不正受給のみが前面に押し出されたNHKの取り上げ方は、なんだかな—と思いました。
 
 それにしても、こうしてただただ負債を抱えて生活再建にはつながらない今の制度はおかしなところがあります。2月21日からの3月議会では、何回か取り上げた多重債務者問題の延長線上で、この貸付制度の矛盾にも触れながら、十分な生活再建相談耐性がなければ、官制の債務者を増やすばかりであり、民間との連携による生活再建の相談体制と融資制度を提案するつもりです。

おかしいぞ!議員年金廃止に伴う優遇策

 市議会議員など地方議会の議員は、一般の年金とは別に議員共済年金に加入しています。他の年金であれば25年かけなければ受給権が得られませんが、議員年金は3期12年で受給資格が得られ、遺族年金もあり、その財源は掛け金とほぼ同じ額の税金でまかなわれています。生活者ネットワークはこれまでも、一般の年金に比べ優遇されている議員年金の早期廃止を求めていました。

 この議員年金、ここ数年の市町村合併による議員数の大幅な減少により共済年金基金の財源が枯渇し、廃止せざる得ない状況になり、一方で存続を求める全国市町村議長会と国との話し合いが続いていました。

 昨年末になり、やっと総務省は今年6月1日をもって廃止するとの方針を打ち出しました。けれども、廃止にあたり首をかしげたくなるような優遇策が多くつけられています。

①これまで年金受給権がある人は同じように受けられる
②年金ではなく掛け金の一定割合を一時金を選択した場合、今回は割合を多くする
③遺族年金制度もそのまま残す   というものです。

 また、そのためには今の共済基金では当然まかなえないことから、総務省は12月末、各自治体に例年の約5倍の共済基金への税金からの負担を求めてきました。府中市の場合、2011年度の負担は今年度の5倍にもなる1憶6千万円になります。また、議員の掛け金がなくなった後も市の税からの負担は続くことになります。生活者ネットワークはこのような廃止に伴う優遇策を行わないことを求める要望書を提出します。

里山は循環型農業の基本です

多摩の里山でおちば掻きをしてきました

工作の材料の準備をするお父さんたち
工作の材料の準備をするお父さんたち
 府中で兼業農家をしている住崎さんは、10年ほど前にお父さまが亡くなった時に生産緑地の畑を残すために、会社を辞めて農業を始めた方です。その時、多摩市にあった里山は多摩市に寄付し、多摩のボランティアの皆さんと一緒に里山の管理をしています。

 住崎さんのお話では、昔はそれぞれの農家が近在に里山を持ち、そこの枯葉をたい肥にして畑にすきこむ、という循環型農業を基本としていたそうです。それも化学肥料の普及で行われなくなり必然的に里山もなくなって行きました。そのような中で、住崎さんのお父さまは昔からのやり方を守り続け、里山は活かされてきました。

 12月の日曜日、里山保存会の皆さんが堆肥にする落ち葉掻きをする、というので参加させてもらいました。10人ほどのメンバーの人たちと、近くの小学校のおやじの会のお父さん数名がクヌギやコナラの落ち葉を集めていきます。翌週には小学校の子どもたちが里山遊びに来るのだそうで、お父さんたちはその準備に小枝を集めたり、切ったり工作の材料づくりをしていました。

 落ち葉を集め、堆肥にする囲いに積み上げ、上から押し固めるのに全身を使ううち、こんなこと、子どものころにやったなー、と思いだしました。
すぐ隣には多摩ニュータウンの団地が並ぶ不思議な空間でした。

市の地域包括支援センター体制の見直しは大丈夫?

超高齢社会の切り札になれるか「地域包括支援センター」

 2006年の介護保険制度改正から4年、やっと「地域包括支援センター」という言葉もなじみが出てきました。
府中市は地域包括支援センターを当初より直営とし、地域での高齢者の生活に職員が直接かかわり、その経験は今後の高齢者施策に生かされるものと期待していました。ところが、来年度からは地域の在宅介護支援センターに地域包括支援センターを委託し、市のセンターは廃止されます。
私は直営でやっていることの意味は大きいと評価していただけにその後の体制が気になり、一般質問で取り上げました。
以下その通告文です。
 
 2015年には4人に一人が65歳以上となる超高齢社会を目前にして、高齢者の地域生活を支える仕組みの充実がますます必要となっています。特に一人暮らし高齢者や高齢者のみ世帯を地域でだれがどのように見守り、その状況に合わせた介護予防、介護サービスの情報提供、サービスにつなぐための仕組みづくりは喫緊の課題です。2006年度の介護保険制度改正では、これら高齢者への支援を自治体だけではなく地域資源も活かしての「地域で包括的にケア」をする仕組みづくりが強く言われ、その中心となる「地域包括支援センター」の設置が自治体に義務づけられました。

 厚生労働省は、当初自治体自らがその設置主体となることを基本としていましたが、経過の中で、在宅介護支援センターの補助金を廃止したため、民間法人が運営する在宅介護支援センターをそのまま地域包括支援センターへ移行したいとの声もあり、委託も認めることとなりました。

 府中市は2006年度スタートに当たっては、厚生労働省の趣旨に沿い市役所内に直営での地域包括支援センターを置き、これまでの在宅支援センターはそのまま残し、その相談機能との連携を取りながら、地域での地域ケア体制作りを進めてきました。多くの自治体が在宅介護支援センターをそのまま地域包括支援センターへ移行・委託とした中、府中市が直営で地域包括支援センターを設置したことには大きな意味があったものと考えます。

 一方、厚生労働省が地域包括支援センターの設置基準を人口2万〜3万人に1か所としていたこととの整合性は一つの課題であり、市は2008年度に地域福祉エリアに1か所、計6か所の在宅介護支援センターを地域包括支援センターに段階的に移行させ、市役所内の直営の包括を廃止するとの方針を打ち出しました。更に2009年12月の厚生経済委員協議会で、すべての在宅介護支援センターの地域包括支援センターへ移行するとの報告がありました。来年度からの大幅な体制変更を前に、地域包括支援センターの設置責任はあくまでも市であることを踏まえ、新たな体制と市の役割などについて質問します。

市は答弁で「これまでの市が果たしてきた基幹的な役割は同じように果たす」と答弁していますが、そのためには職員配置がどこまで残せるかです。それは、担当部と職員課との今後の交渉とのことですが、地域包括こそ人がすべてなのですがね。

多摩川衛生組合で燃やされた水銀はどこへ行った?

ー熊本一規先生の講演からー

 9月議会で生活者ネットワークの前田さんが取り上げた「多摩川衛生組合での有害ごみ焼却実験」は、その後大きな波紋を呼んでいます。燃焼時に煙突で集められる「飛灰」の持ち込み先である日の出町の議会は、即座に有害物質を含む飛灰の持ち込みは公害防止協定等に違反すると抗議の意見書を採択しました。多摩川衛生組合の管理者である稲城の石川市長は、東京たま広域資源循環組合の管理者でもあり、その管理責任に対する認識のなさが露呈し、結果として両組合の管理者を辞職することになりました。

このように、責任問題に対する議論や対応は表面化しましたが、焼却された水銀そのものの問題についてはあまり話題になりませんでした。そのような中、自治労東京本部主催で「東京の有害ごみ問題(環境行政)を考える集会」があり、行ってきました。

 講演者は府中ネットでもゴミ有料化問題で講演をお願いした明治学院大の熊本一規先生でした。
熊本先生は、『日本は重金属汚染対策は欧米に比べて極めて貧しく、そのために「有害廃棄物」とされた重金属は処理を先送りされながら、大気汚染→水質汚染→土壌汚染をぐるぐる回ることになる。このような汚染循環型社会から資源循環型社会に変えなければ汚染を先送りしているだけ。
そのためには①生産物を変える(なるべく地下資源を掘り起こさない)
②回収型リサイクルを進める(回収しない限りは環境汚染)③処分場を永久監視する(有害廃棄物があるのではなくそのように取り扱う人間の貧しさ)システムに変えること。

ヨーロッパでは2003年に電気電子機器係る特定有害物質の使用制限が決められ、2011年7月からはEU全域からの水銀の輸出が禁止になる。アメリカでは2006年には環境保護庁が「水銀ロードマップ」を出し、大気への水銀排出量を大幅に減少させる。
日本での重金属汚染防止の仕組みをいかにつくるか、重ねて言うが技術的対策は汚染循環にしかならない。それを防ぐ仕組みとしては「拡大生産者責任」によるメーカー回収・リサイクル処理する制度を追求すべき。今、家庭からのものの回収・処理費はすべて自治体が税金で負担している。

今回の多摩川衛生組合のことも自治体が負担を減らしたいと考えたようだが、自治体もある意味被害者。たとえば自治体がこれらのものを「適正処理困難物」に指定し、メーカーに回収・リサイクルさせる手段はどうか。ベストはデポジット制度にしてメーカーに回収・リサイクルさせること。
国際的に重金属対策が進みつつある今こそ、あそこが、ここが悪いと言うようなモグラ叩きを越えて社会の土壌を変える好機だと捉えよう。』と話されました。

今回の問題を、モグラ叩きと表現されましたが、まさにその通り。石川市長が辞めれば解決、という問題ではありません。結論はやはり「拡大生産者責任」の問題で、ゴミ有料化の課題と重なりました。

 それにしても、今回の多摩川衛生組合で燃焼された水銀たちは一部は飛灰でエコセメントになり、一部は灰からスラグになり、大気に出たのはどこに落ちたのか?いつかは地下に浸透して・・・という汚染循環の輪に入ってしまったのでしょうね。

 

私たちの古布の行き先を追う

足立区鹿浜の磯貝商店に行ってきました

いまは集荷が少ない時期、でも天井までの古布
いまは集荷が少ない時期、でも天井までの古布
私がかかわっているNPOが運営するリユースショップは、地域の皆さんから不要になった衣類を寄付してもらい、その販売収益を使って地域の環境活動をしているのですが、寄付してもらった衣類すべてが販売できるわけではないのが実情です。

そのため、どうしても売れないものは古布として業者さんに引き取ってもらいます。その古布が最終的にどのように処理されているのかは気になるとこです。10月1日、NPOのメンバーで足立区にある古布業者さん(磯貝商店)を見学してきました。

 工場街と住宅街が混在した一角にある作業場では、近所の女性たちが集められた古布をすべて手作業で分類していきます。その数70種類!女性用の下着も種類ごとに分けられ、東南アジアに1キロ400円〜700円で売られるのだそうです。その他、子ども服、木綿のシャツ、ジャンバーは下が絞られる形のものなどなど・・・。この作業はやはり手作業でしかできず、それでも1日3トン〜4トンが処理されます。

以前に比べると古布は品薄で、そのため業界として東京都に古布の行政回収を要望しているそうです。多摩地域では行政回収は当たり前ですが、区部はやっていないのは手間とお金がかかるからでしょうか。磯貝さんは「古布はゴミだと思わないで」と話していました。

 また、別の作業場では、奥さんが機械拭きに使うウエスを裁断機でカットしていました。最高級のウエスは病院などのおむつのリース業者が廃棄するおむつやシーツなのだそうです。一見きれいに見えるシーツなども、製品チェックのセンサーではじかれて廃棄されていることを初めて知り、色々な業界事情も垣間見ることができました。

 これだけ手間をかけ、活かせるものは活かしきっても、半分近くの古布は廃棄せざる得ない、特に化学繊維は使い向きがないとのことでした。廃棄物業界という川下から、私たちの消費という川上をみたような面白い見学会でした。
磯貝商店の皆さん、ありがとうございました。

環境モデル都市堺市のコミュニティサイクル事業

建設環境委員会の視察から①

8月3日〜5日、建設環境委員会の行政視察で大阪府境市・愛知県豊橋市・静岡県浜松市に行ってきました。その報告です。

 堺市は2008年度にはじまった内閣府の環境モデル都市に手を挙げ、翌2009年度に認定されました。環境モデル都市とは低炭素社会の実現に向けて温室効果ガスの大幅削減などへの取り組みを行う市を国が選定したものです。現在13都市が認定されていますが、ネットで一昨年視察した水俣市は2008年度、昨年視察した飯田市は2009年度認定されています。

 堺市は臨海部コンビナートを抱える地域であり、温室効果ガス排出量は産業部門が64%を占めているます。そのため、削減目標も国の基準をそのままあてはめるのは難しいと、目標値を2020年度までは新設コンビナート稼働により1990年比で+1%増加(国は1990年比−25%)、その後は民間企業のエネルギー対策や産業構造の変化などにより大きく減少し2050年度−62%(国−80%)を見込んでいます。市の担当者も国の一律削減目標を達成するのは地域性もあり難しいと言っていました。また数値の考え方も微妙で、たとえば原子力発電所が多い関西電力の場合、温室効果ガス排出量だけを考えると、再生可能エネルギーに変換する効果はそれほど大きくはなく、数値目標への貢献度は低くなります。環境政策は単純に数値だけではとらえられないということです。

 堺は歴史的にも商人の街として発展したように、新しい動きを民主導で進める気風があり、市の行動計画にもその地域特徴が反映されています。内容は大きく3分野に分かれています。
   ①産業分野を中心とした省エネルギー
   ②公共交通・自転車の利用促進
   ③市民のライフスタイル見直し、人材の育成
ここでは民の地域特性が生かされている自転車による省エネを紹介します。これは昨年度国の全額補助(1億8500万円)で進められたもので、レンタル自転車450台を4か所の駅ポイントに設置し、どのポイントにも返却可能として公共交通の利用促進を図るものです。これまでのレンタサイクルが同じ場所に返却しなければいけない不便さを改善しようというものですが、今年度9月からスタート予定で実際を見ることはできませんでした。堺市がレンタサイクルを計画に入れた背景には、地場産業に有名な自転車メーカー(シマノ)があり、以前から自転車のまちを標榜していることもあります。さすが商人の町、一挙両得というか、環境政策にも経済効果をどのように生み出すかということでしょうか。

 今年度府中市も新たな温暖化対策の行動計画を策定する予定ですが、目標数値の考え方や、地域性をどのように反映させられるかなど、十分な検討が必要でしょう。