7月22日第17期都議会議員任期終了

8年間の都議会議員としての任期を終え、ここまで何とか務めあげられたことに、
あらためて感謝しています。この間、多くの仲間たちや関係者の皆さん、そして知人、友人に支えられての8年間でした。

初めての政治の世界は、驚くことや呆れてしまうことなど日々経験し、やっぱり「普通に生活をしている人の感覚」が、本当に必要なんだと実感しました。

さまざま場に出向き、多くの人々に会い、社会のなかでまじめに生きている人々の姿にも接してきました。議員にならなかったら決して知り得ることのできなかった社会の現実に接し、多くの矛盾とも直面してきました。政治が一体どれだけの力をもってひとりひとりの人生の問題に解決策を示し、救うことができるのだろうかと、思うこともしばしばでしたが、諦めてはいけない、へこたれてはだめと、自分を励ましつつ、また、多くの人の応援に力を得ての8年間でした。

この貴重な体験を生かし、今後も政治を変え、議会を変え、議員を変える運動に、微力ながら力を尽くしていきます。

地域の課題、生活課題や東京問題を解決する都政に変えいこう

「総選挙の前哨戦、政権交代なるか」といわれた今回の都議会議員選挙が幕を閉じた。生活者ネット議席ゼロか、地域政党の終焉かともささやかれた非常に厳しい戦いとなることが予測された選挙。選対長として十二分に覚悟し、身を引き締めて臨んだ。

しかし、東京全体では、実質昭島(元ネットの市議)の1議席の獲得はあるものの公認候補5人のうち2人の当選と、現有議席半減と評される結果となった。何より練馬では中井八千代に議席をつなぐことができず、この間、応援いただいた多くの支持者の声に応えることができなかった。私たちが進める参加と自治の政治に期待を寄せていただいた市民の皆さまには充分な受け皿になりえず、本当に残念としか言いようがない。

石原知事3期10年経過した都政が、都民の生活や地域の課題に応えない怒りを選挙期間中実感してきた。この結果は、その評価とこれを支えてきた都議会に対する評価なのだろうか。常に国政選挙の先行指標となる都議選だが、今回も政権交代を意識した国政政党にしか有権者の目が届かず、民主党への嵐のような風は予想以上に大きかった。「ミニ国会」といわれる都議会の構成を変える必要はあるが、国政政党だけに任せていては、生活に密着した問題解決の場としての議会として機能しないことが十分に伝わらず、政権交代の声にかき消されてしまった。

こうした厳しい選挙戦の中で、北多摩第2区(国分寺・国立)の山内玲子がこの24年間続けてきた都議会ネットの議席をつなぎ、国政政党と伍して戦った世田谷区選挙区西崎光子が現職としての議席を守り、また、昭島市選挙区(一人区)で当選を果した星裕子は推薦共同候補という形をとっているが、生活者ネットワークの市議会議員を3期12年務めたネットの議員。

ネットが都議会に初の議席を得た当初から先駆的な政策をもって政策面で都政をリードしてきた。この誇りと自負を失わずに、これまでの実績をこの3人に引き継ぎ、ここから新たなスタートを切りたい。医療や介護、妊娠・出産を含めた子育て支援、環境、教育、食の安全など、地域の課題、生活課題や東京問題の解決に向けて、しっかりと取り組みを進め、市民生活や市区町村を応援する都政に変えていこう。

生活者の視点で都政に切り込む

明日3日告示、12日投票日の都議会議員選挙、メディアはこぞって
「総選挙の前哨戦」と二大政党による政権交代を占う選挙として位置付けているが、それでいいのだろうか。

自民党・公明党が都議会において主導権を握る議会構成では、新銀行東京や築地市場の移転問題など都民の思いとはうらはらに、強引に進められてしまう。
残り2年の石原都政の暴走を食い止めるためには反自公の勢力を拡げなければならないのは確かだ。

しかし、都議会は、市区町村議会と並び身近な地域の課題や、生活の課題を解決する場である。情報公開をさらに進め、市民参加をもっと進めなければならい。地域にとって大事なことは地域の市民が決定できるように都から市区町村へ、さらに、市民への分権を進めていかなければならない。既成の国政政党だけに都政をまかせるわけにはいかない。生活者の視点で都政に切り込む生活者ネットの存在が今後ますます必要になってくる。

世襲議員の問題がようやく国会でも取り上げられたが、結局問題は先送り。来る総選挙にも多くの世襲議員が立候補する。都議会の中にも、政治家の親を持つ議員が少なからず存在するし、市区町村議会の経験者など長年議員生活を送っている人も少なくない。自らが経験をして感じるのは、この世界、まだまだ特殊な世界だということ。「これって何?」とか「ちょっと変!」と感じたことも長くなると慣れが生じて鈍感になってくる。

生活者ネットは、長年「議員のローテーション制」(交代そして議席をつなげる)を独自のルールとして活動してきた。常に生活の実態を把握し、市民感覚を持った人を議会に送ってきた。今回も、この練馬区と北多摩2区がローテーションに挑戦する。練馬は私、山口文江から中井八千代に交代する。政局の風に流されず、地域に根を下ろした「都内唯一の地域政党」として、6人全員当選に向かって最後の最後まで力を尽くして戦おう。

白鷗大学教授・立命館大学客員教授 福岡政行さん来る

都議選も7月3日告示、12日投開票と、いよいよ選挙戦が口火を切る。
練馬区は主要政党が公認候補者を擁立するという激戦区。この中で、「生活者ネットワークは、都議会議員4人、市議区議51人、総勢55人の女性議員が、地域の市民とネットワークしながら、それぞれの地域課題や生活課題に取り組んでいる「地域政党」として奮闘している。

生活者ネットワークでは議員を職業化・特権化しないためのローテーション制を実践している。今回、練馬では現職私、山口から中井八千代に交代をする。(ローテーション制)生活の実態を知り、生活者の感覚を失わない人を議会に送り、議席をつなげていく。議会というところは、まだまだ特殊な世界であり、議会活動などを続けるうちに、自らが普通の生活者ではなくなっていくのかな、と感じることがある。

また、議員を交代していくことは、地方政治に市民が参加する機会をひろげていくことであり、市民自治の政治を進めていくことにつながると思う。ネットの議員に世襲議員はいない。政治不信の大きな要因である利権政治、金権政治とも無縁。しかし、選挙となると交代は大きなハードルとなって立ちはだかるが、あえて果敢に挑戦する。今回も厳しい戦いだ。

24日、ふとしたご縁からテレビ番組「たけしのTVタックル」などでおなじみの白鷗大学教授・立命館大学教授 福岡政行さんが中井八千代の応援にきてくださった。

福岡さんは、この都議選や総選挙では、既成政党によりかかる候補者ではなく、志のある候補者の応援をしたい。また、生活者ネットのように生活の現場から、その実態に基づいた市民の声をしっかりと受け止めて政治につなげていく人ならばと、快く応援を引き受けてくださった。

小泉内閣の構造改革が、いかに高齢者や障がい者、シングルマザーなど、声の出せない弱い立場の人たちを切り捨てて、医療制度改革や障害者自立支援法など、改悪を行ってきたか。そこに、政治家や財界人がどう関わったか、事実を例にあげて説かれた。ちょうど前日の23日、自民党が東国原宮崎県知事に総選挙出馬要請したことも、賞味期限切れした自民党の窮余の策と批判。国の政権交代を例に、都議会でも議員の海外視察、新銀行やオリンピック招致などの無駄遣いが目に余る、都議会でも勢力を大きく変えていく都議選にと、ネットの中井への期待をこめ、あたたかい応援メッセージをいただいた。

今回、全ネットで取り組む都議選、ともに取り組んでいる地域ネットの議員や仲間たちにも応援に駆けつけていただき、とっても元気が出て、終盤の活力となった。

梅雨空ものと

6月14日、中井八千代の後援会・アタック東京の事務所開きが行われた。
場所は、練馬駅から数分の大門通商店街の一画。

印刷されたと見紛う手書きの横断幕には「中井八千代 都政にアタック!!活動報告会」と書かれ、
「衣・食・住から住・食/職・医へ」「だれもが安心して地域で暮らす」などの都議選政策の一部が掲げられた。

横断幕を書いてくださった人の作品による折紙の鶴、コマなどの飾り、届けられたランの鉢植えやユリやバラの花束で、殺風景だった事務所が一変して華やかになった。

テーブルの上には、これも手づくりのタルト、シフォンケーキ、ドーナツ、さらにネットの助っ人のお嬢さん(パテシエ)のシュークリーム等々、差し入れの山に嬉しい悲鳴。(これで、明日から事務所に来る楽しみが増えた)
テーブルのものに気を取られて、都議選政策もすっかりかすんでしまったかな。

中井と長年生協活動を共にしてきた仲間や友人、知人など参加してくださった皆さんから、応援の励ましや期待の声が寄せられた。

中井の立候補に向けた決意と選対長の私から議席確保への檄をもって閉会。続いて、商店街をねり歩き、練馬駅では、西東京市議の2人にも参加していただき、街宣を行った。

投票日まであと36日。事務所には多くの人に顔を出していただき、中井が元気になるようエールを送っていただきたい。

さよなら議会閉会

5日、第2回定例会が閉会した。生活者ネットは「平成21年度東京都一般会計補正予算」に反対、また、追加提案された副知事人事については不同意とした。

今回の補正予算は、経済危機打開策として国の打ち出した経済危機対策に呼応して、予算を配分したもの。このうち、148億円は20年度最終補正で積み立てた基金を事業化したものであり、保育所の開設や妊婦健診への補助など、私たちもかねてより求めていたことではある。また、緊急課題等に対応するための都自らの取り組みとしての593億円には、未届け有料老人ホームの防火対策や、新型インフルエンザへの追加対策などが含まれ、都民の不安を少しでも取り除いていく上で否定はできない。

しかし、国の経済危機対策に伴う臨時交付金による公共事業の促進については、特に、にわかに浮上した東京外郭環状道路の整備推進事業の直轄事業負担金、用地測量費用26億円を含むものであり、大いに問題ありだ。

外環については「地域PI」の手法を導入して市民参加を図ったようにみせながら、都は一方的に打ち切り、国は4月末、突然、国幹会議を招集し、十分な審議もされないまま、整備路線への格上げを決定した。その後、異例な速さで国、都の補正予算に計上されたことを考えれば、このための国幹会議かと言わざるを得ず、反対した。

日本の場合、アセスメント制度もPIも事業を進めることを前提としており、この現状は市民の参加意欲をなくし、まちづくりをともにすすめることに繋がらない。情報公開と丁寧な議論を経て、決定権を市民に与えるダイナミックなしかけが必要ではないのか。
 外環建設は、総事業費1兆2820億円と多額の税の投入で、首都圏で最大級の公共事業。少子化に伴い自動車の走行量もすでにピーク時を過ぎている。景気対策の名目で従来型の公共事業が議論不十分なまま生き返り、孫子の代まで大きなつけを残すことになる事業を緊急対応の補正予算に潜り込ませることには反対せざるを得ない。

また、今回提案された人事案件については、相変わらず、マスコミへの情報が先行し、都民の負託を受けた議会側に対してはなんの説明責任を果たしていない。オリンピック招致や新銀行東京問題など、直近の大きな課題がある今、なぜ、副知事の交代なのか、3人体制なのか、理解に苦しむ。議会軽視で場当たり的な知事の姿勢に対して強く抗議し、人事案にも反対した。

議会終了後、理事者(行政)と議員の交流会が開催された。今期で勇退するネットの大西由紀子と私を含む13人に花束が贈られ、お疲れさまとともに、(お世辞かもしれないが)寂しくなります等の、お言葉をいただいた。議会棟の中で委員会室を間違えてうろうろしたり、議会局のあまりに丁寧な対応に戸惑ったりしたころを思い出し、多くの人達に支えられて何とか8年間過ごすことができたことにあらためて感謝。あとは、しっかり中井八千代に交替できるよう、都議選に向けて全力投球だ。

最後の一般質問

6月2日、都議選前の議会は急ぎ足だ。代表質問も一般質問(といってもこれはネットだけ)も持ち時間1人1分×会派人数、ということでネットの持ち時間は4分。高齢者者福祉と行政サービスについて質問した。

 私が、NPOの福祉団体の理事長を経て都議会議員になった2001年は、介護保険制度が施行されて2年目。より良い制度として根付かせ、介護の社会化を進めようと活動してきた。しかし、制度の見直しや改正のたびに残念ながら介護サービスは充実とは逆の方向に向かっている。介護疲れによる自殺や心中は後を絶たず、大都市特有の高齢者独居や高齢のみ世帯、加えて独身の子どもが親を見るシングル介護の増加が加速するのは必至だ。先に先駆けて超高齢社会を向える東京において、どのような都市をつくっていくのか、知事の見解を求めるとともに、本年3月策定された「東京都高齢者保健福祉計画」が計画倒れに終わらぬよう、高齢者福祉の充実に向けた、都の取り組みを問うた。

 知事は、元気な高齢者が8割を占める中「支えられる存在」として画一的にとらえず、経験や能力を生かし「社会を活性化する存在」として、新たな高齢者像を描いている。さらに、最先端技術を活用し高齢者の自立した生活を支えるとともに、高齢者が自ら活躍できる都市モデルを作る、と答弁。福祉保健局は、今年度、医療・介護が連携した高齢者専用賃貸住宅のモデル事業を始め、高齢者が住み慣れた地域で、自分らしく暮らせる安心・安全な社会実現の施策を打ち出した。今後も、区市町村や関係者と十分連携し、計画を着実に進める、と答えた。

行政サービスについては、この4月、都立永福学園に、教員と外部の専門家が連携した新たな指導体制による肢体不自由教育部門が開設されたが、医療的なケアを必要とする児童への体制が整わず、保護者が付き添いを2か月も余儀なくされている状況について質した。

個々に応じた医療的なケアと行える看護等の専門家が少なく確保が難しかったが、10人中3人は5月で保護者の付添終了し、残り7人も徐々に付添時間を短縮し、今学期中には終了する、との答弁であった。

今回わかったことは、医療的ケアが必要な児童・生徒には、入学時一か月位は保護者が付き添ってもらうことが明らかになった。確かに、個々に応じた医療的なケアの難しさもあるのだろうが、専門家を増やして保護者負担の軽減を図るよう求めていかなければならない。

福祉や教育は、高齢者や障害者、子ども等の立場に立って、サービスが提供されるべきと考えている。確かに都民の貴重な税金で成り立つ都政において、無駄遣いは戒めなくてはならないが、安全で良質な公共サービスは確実かつ適正に実施されなくてはならない。単にコストのみを追求するのではなく、複合的な視野を持って進められるものと考え、「職員のコスト意識」と行政サービスについて、質問した。
 
行政サービスの質の確保とコスト意識を念頭に仕事を進めていくために、バランス感覚を備えた職員の育成に努める。民間のノウハウの活用や、新たな公会計制度の導入、各種の研修により、職員の意識改革を進める、との答弁であった。

毎回、答弁調整に多くの時間を費やす。本番は、質問も答弁も「出来上がった台本」を読むようなセレモニーとしか言いようのない議場風景となる。調整段階のやりとりが議場で行われれば、「生きた会議」として傍聴者も増えるのだろうか。議会運営の改革は、まだまだ道遠し。改革への糸口を見つけるためにも中井八千代につなげなければと思いを強くした。

老いを考える

無届の有料老人ホームの火災事故は「行き場のない高齢者」の問題を一挙に噴出させた。「おひとり様の老後」を迎える可能性の高い女性にとっては他人ごとではない。

特別養護老人ホームの待機者は全国で38万人、介護保険の給付抑制は特養の新設にも歯止めがかかっているのだろうか。今年、3月に策定された「東京都高齢者保健福祉計画」には、高齢者の尊厳の保持だの、地域での在宅を支えるしくみづくりなど、と記されているが絵空事としか思えない現実の厳しさだ。
団塊の世代の真っただ中の私たちが65歳を迎えるころの高齢化率は25%。いったどんな老後を向えるのだろうか。

「手紙 親愛なる子どもたちへ」という歌が話題になっている。

年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても どうか私のことを理解して欲しい。とはじまるその歌は、食べこぼしたり、何度も同じ話を繰り返したり、思わずそそうをしてしまったり、お風呂に入るのを嫌がったり、と老いを迎えた親の日々起こりそうなことがらを、幼い日の子どもの姿に重ねて、親として付き合ってきた私がいたことを伝えつていく。そして、足が萎えて立ち上がれなくなった私に、か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように、よろめく私にあなたの手を握らせてほしい。
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように、私の人生の終わりに少しだけ付き添ってほしい、と結んでいく。

親の老いを受け入れることはとても難しいことだ。かつてしっかりした親の姿勢を見せられてきただけに、なぜという思いがなかなかぬぐい去ることができない。私が母を看取ったのは40代半ばだった。まだまだ元気いっぱいで歳を重ねていくことがどのようなものなのか全く理解できなかった。還暦を迎え、それなりに体の変化を経験し、少しずつ老いというものがわかりはじめてきた。

今ならば、もう少し母の気持ちに寄り添ってやれただろうにと思う。勿論、生活を支える機能は不可欠だが、誰かが少し気にかけて、気持ちに寄り添ってくれたら、それだけでも生きていけるのかもしれない。

17期最後の6月議会

第2回定例会が6月1日から5日間という短い会期で開催されます。
都議会17期最後の議会であり、私にとっても議員生活最後の議会となりますが、昨日(18日)案件説明が行われました。

予算案1件、条例の一部改正が12件、契約案5件、事件案2件など、合計22の案件が審議されますが、なんといっても、国の経済対策への対応を中心とした補正予算案が議論の的になるのではないでしょうか。

今回の補正予算は、①08年度最終補正予算で、国の予算補正に伴い積み立てを行った6つの基金を活用して、都や区市町村の事業計画に基づき取組むもの148億円 ②国の「経済危機対策」への迅速な対応608億円 ③緊急課題に対応するための都独自の取組593億円の3本柱で、総額1349億円です。

予算の内容は、①認証保育所開設準備経費補助等、妊婦検診補助、重度障害者訪問介護、緊急雇用創出としての都立公園美化作業等々 ②外環道の整備推進や骨格幹線道路、鉄道の連続立体交差化の推進等、また、地方自治体が実施する温暖化対策、少子高齢化対策等 ③緊急中小企業対策、緊急雇用対策、生活者対策(未届け有料老人ホーム対策、小児医療体制強化、保育対策、新型インフルエンザ対策)となっています。

国の2度にわたる経済対策は、丁寧な議論もない従来のバラマキ型の対策で、選挙対策としかいいようのない内容です。しかも、財源の多くは、将来世代に借金としてつけをまわすことになる国債発行ではたまりません。今回の都の補正予算の内容も、長期的な展望をもって打ち出されたものとは言い難く、さまざまな課題の抜本的な対策となり得ません。

雇用対策にしても、失業者を一定程度雇用しての事業といっていますが、しょせんは企業に支払われるものであり、安定した職に就くための技術や資格取得などのサポートなど、人を育てるという大きな視点が全く感じられません。これでは、今、将来に不安を抱えている若者にどうやって、希望と夢を抱かせることができるのでしょうか。

過去の繁栄に取りすがらず、日本国憲法第3章「国民の権利と義務」にある権利がしっかり守られる社会への転換を図るときではないでしょうか。

102年目の「母の日」

2か月かけて日本を北上した桜前線が、最北端稚内に到達したという、ニュースとともに、「102年目の母の日 亡き母へのメッセージ」の出版が報道されていた。

20世紀初め、アメリカで始まったという「母の日」は100年を過ぎたことになる。「母の日」は、ある女性が教会で、亡き母への追悼の意を表し、白いカ-ネーションを手向けたのが始まりという。「母の日」の原点は亡き母への想いであり、それに共感した人々が広めたものが、いつしか生きている母への感謝を表すものと変わっていった。
 
母を亡くし「母の日」なんて関係ないと思っていた一人の女性が、その事実を知り、母が生きている、生きていないに関係なく、「母の日」をすべての人に届けようと考え、母を亡くした6人の友に呼びかけ「亡き母への手紙」を募集したという。手作りの文集が2009年、一冊の本となり出版された。 悲しみ、怒り、寂しさ、後悔、自責感等など、さまざまな母への想いをありのままに表現できる場にしたかったという。北は岩手から南は沖縄までのさまざまな世代の「子ども」たちが紡ぎだした文集。時間ができたら手にしたいと思っている。私も母を亡くした子どものひとりとして・・・・。

教会から始まった「母の日」、私の教会でも、毎年、婦人たちにささやかながらプレゼントが贈られ、感謝の拍手と温かい祈りがささげられる。今年、かわいい子どもたちが手渡してくれたプレゼント(写真)は、クッキーとティーバック、そして子どもたち手創りのカード。かわいい熊さんがカーネーションを手にしている絵と、「いつも喜んでいなさい」という聖句が添えられていた。

忙しくなると愚痴と文句が口をついてでるが、子どもたちに、いつも感謝をもってと、あらためて教えられる日となった。